そう言われればの啓蟄、女性会館。
Hodie Chiristus Natus Est
ネウマ譜とNiels La Cour
「練習」カテゴリーアーカイブ
2016.2.20
冷たい雨のなか女性会館。
先週に続きNorwayの新曲。
自分という楽器を長ーくする感じで。
冒頭の音の入りについていつも言われますが、自分のもっとも美しいブレスを心がけて。
白夜とオーロラが同居するぐらいの神秘性を。
いっしょは無理でしょ、と団員からツッコミ。
心地よい音のぶつかり。あぁ、ヒーリング。
コンクール課題曲
ビチーっと鳴らすためのストレートボイス。
ゴツゴツしたぶつかりを一音一音確認。
日本語組曲
スケール感に圧倒されないように、言葉,世界観を自分が喋ってやりたい。
当週は新年度に向けて考えてました。
春、4月はみなさまにとってなにかありそうでしょうか。
なにか巻き起こせそうでしょうか。
次回は合宿です
2016.2.13
途中から雨の降り始めた女性会館。
新曲に取り組む。
ソルミゼーションで歌ったり、団を2分割して歌い聴き合ったり、響きをまとめやすい母音で歌ったり、ハミングで歌ったり、マーチングして歌ったり。
どのメソッドが各団員にヒットやフィットしてもいいように手を替え品を替えていく指揮者
壁にぶつかったり苦しかったり思い悩むときもあれば、吹っ切ることのできるときもありますが、もしいまなにかを吹っ切った場合、1段階前の吹っ切りよりもグレードアップしていると思います。同じことで悩みたくないから。改善が入ります、自分が自分に。
悩み→吹っ切る→また悩み→吹っ切る。その年輪というか、人生のミルフィーユの幾重にわたる積み重なり方がその人の深みを表しているのかもしれません。
後で紹介しますが、キックオフした2016アンコン。筆者は3年ぶりに参加しようかというところですが、よいきっかけになりそうです。
さて今日、何か団で作り上げたものがあったか。
その曲を歌っている自分が輝かなければ、曲も輝かない。新譜after新譜でたいへんで、、ねえ・・・は、歌い手側の言い分。
合唱団はリリースし続けなければならない。
曲のあり方,されるべき演奏をするための、ひとりひとりの熱量が少なすぎる。そう感じました。歌うのは自分だから。
自分という母体がしっかりしてないとアウトプットされるものも比例して小さいというか。
4/17(日)に行われる「愛知県ヴォーカル・アンサンブルコンテスト」
我が混声合唱団VoxMEAからは1チーム出場します。選曲は戦略、な・の・で秘密。
曲が決まり、行けそうな手応えをつかんだ、チーム「譜和雷同」(読み:ふわらいどう)。
この場をお借りしてひとつだけ言わせてください。筆者発案のチーム名です。
話がそれましてすみません。由来はおいおい。
2016.2.6
次回演奏会、決定いたしました。
今年12/25(日) 中川文化小劇場 です。
ある団員の言葉で、いま自分のいる集団、それはコミュニティであれ、偶然居合わせた電車の中であれ、それを
「自分 対 周り」とみるか「自分も含めた集合体」とみるか
という示唆です。
この気の持ちようはたいへん大きく、とかく独りよがりになりがちなところを「自分も含めた集合体」ととらえることであらゆることの自分の見方を換えられることができます。
批判の前に自分も携わっているではないか、と。その前後に自分の行動言動でなにかできることはなかったか、と。
そういう立ち位置でいられて初めて、自分が誠にその集団をどうしたいと思っているかという段階に行くことができます。
使いやすい言葉で、物事の周囲をつかず離れずで凌いでいくことは簡単で、ともすれば多くのことに自分を費やしていることが見えてきます。
「合唱が好き」「VoxMEA(読み:ヴォークス・メーア)が好き」と言います。パッとそう言えることも大事ですが、もう少し濃度を増したいなと思います。まだまだ足りませんね。
♪新入団、女声1名
2016.1.30
◆文責M
女性会館。
引き続き、Kodalyと鈴木憲夫の練習です。
今日は、Kodalyは表現記号を少し、鈴木憲夫は歌詞をつけて歌いました。
音楽は、最終的には「表現」として完成させていくのでしょうが、譜読み、というのは、化石の発掘作業に似ているな、とふと思いました。
各時代、音として現存していたものを、ぎゅっと詰め込んだのが「楽譜」。それを掘り起こしてもう一度音の形に戻していくのが、「譜読み」。
化石のパーツを少しずつ掘り起こしていくように、音をとり、歌詞をつけ、表現記号で肉付けし…
この音が生きていた時は、作られたその瞬間は、どんな姿だっただろう。
(……と想像する余裕は、今はまだ、全然、ありませんが。)
歌いたい気持ちが逸りますが、現在の自分達の表現を重ねてしまう前に。過去に詰め込まれた音を掘り起こす作業だと思って、コツコツ楽しめたら…と思います。
2016.1.23
合唱団の代表をやらせてもらってますと、演奏会案内の郵便物がよく届きます。それをメールに起こして団展開していますが、特に著名な団は(弊団も昨秋にやりましたが)委嘱初演をなさっています。
その委嘱初演だけでなく、合唱団が活動していくにあたり必要なこと、
「熱気」ともうひとつ、それは「器量」でしょう。
選曲が先鋭化していってるというか(いつの時代もそう?)、どんどん新曲を取り入れて、毎年毎年、こんな曲できます、こんな曲取り上げます…。
曲を高めつつ自分を高める、処理能力を上げるというか。曲との出会いが、歌い手としての自分の「引き出し」と「思い出」をつくっていってくれると思います。
音があって歌詞があって歌があるから、早く歌を歌いたい。
2016.1.16
練習等 歌う機会において人間が、「歌った!」「今日は歌ったった!」って心底 思える日ってあるんでしょうか。
そう思ったのに2つの理由があります。
まず、この高度情報化社会、合唱界の先生方がデイリーにていたるところでの合唱活動のご様子を発信されていらっしゃいます。それを目にするわけですが、その内容はおおよそ充実し続けておられるものにお見受けできます。
とある合唱団の練習ブログ発信者として、様々な機微もおありかと存じる中で、その真摯で力強く、そして安定して前向きでいらっしゃるところに感銘を受ける次第であります。
そしてもう1点は、新曲の譜読み時のもどかしさです。もどかしさという表現が適切かどうか分かりませんが、昨秋の演奏会での曲の完成っぷりと、新曲の足踏みっぷりが我ながら歯ぎしりでして。歯ぎしりの表現も適切かどうか定かではありません。
「曲の作り込み」「本人の積み重ね」
この2面を並行させて合唱ライフを送りますが、新曲の歌えなさに起因し、歌い手本人(筆者本人です)の停滞がまざまざと感じさせられます。要するに「こんなに歌えなくて、自分は上手くなっていっているのだろうか」と。
出会っていく曲々を高いレベルで表現できるよう、自分自身のスキルアップを図っていきたいと思います。
2016.1.9
2015.12.19
来週土曜(12/26)はVoxMEA音楽祭2015、本番です。
個人的には、小アンサンブルやソロが聴きどころと思いますね。
世の中で一番面白いものは、やはり「人間」だと思うんです。
演奏する人数が少なくなるほど、「人間」を濃く楽しめると思いますね。
独唱聴くのは敷居が高い…そう思う人ほど気軽に来てほしいですね!
さてこの音楽祭、公共交通機関を利用してご来場の場合は、
あおなみ線荒子駅下車(名古屋駅から一本)が、
外を歩く時間が短くオススメです。
年の瀬に音楽を聴き、帰りは名古屋駅で一杯やってくとか、どうでしょうか。
これは独唱の練習の一コマ。
本番を想定した、気合の入った練習。
さて練習は先週に引き続きホール。
広さを利用して動き回りながら歌ってみたり。
人数が多くなろうとも、個々の「人間」が意志を持って歌うことが基本。
それを、本番直前だからこそ再確認する。
合唱団=個の埋没?そうじゃないんだ。
それを、演奏を通じて伝えたいんだ。
音楽祭、ぜひご来場ください。
2015.12.12
音楽祭、二週間前。
今日は女性会館でホール練習。
普段の練習部屋とは、自分の出した音の広がりが全く違います。
戸惑いつつも、徐々にホールに馴染ませていく、慣れていく。
音楽祭での演奏曲を一通り練習。
相澤直人「ぜんぶ」、Edvard Grieg「Ave,Maris stella」など。
ストレス(強調)を意識して、そこに向かって息を流して歌う。
けっして、強調したい部分だけを強くするというわけではない。
歌い出しの音、さらには歌い出す前のブレスの重要性。
四苦八苦して練習していると、声楽ってスポーツだなと思いますね。
ピアノ合わせも行いました。どんな曲かはお楽しみに!
全体合唱以外の練習風景も少し紹介。
七重唱なんてのもやります。。
こうやって数人でああでもないこうでもないと練習するのも、楽しいんですよね。
いずれも人数が少ない分、各人の個性がより強調され、そこが聴きどころにもなります。
独唱・ピアノソロ、重唱・小アンサンブル、全体合唱。
単なる人数の大小だけではない、音楽的な幅の広さ、
楽しみ方の多様さをお見せできたらと思います!