現在、半年以上にわたり公開され続けている映画が2本ある。
猗窩座再来と「国宝」である。
(他にもあったらごめんなさい)
無限城編は公開後すぐ観たが、筆者が昨年末観た「国宝」。
賛否あるようで自分なりにまとめると、映像美に対する称賛の一方で、「原作にあるような細かい人間描写ができていない」とのようなことである。
そこか、と。
「歌舞伎」で調べると、1603年、京都での出雲阿国の踊り念仏が始まりとされている。
江戸時代のド頭もド頭。400年以上の歴史がある。
一子相伝は言い過ぎだが、梨園というか言わば閉ざされた世界でこそ受け継がれてきた伝統芸能。秘すればこその花、の歴史の重み視点で畏れながら勝手に申し上げると、言わば付け焼き刃的に俳優陣が所作を学んで公の場にリリースしたもの。
我々及び筆者はしたり顔で宗教曲について述べ続けているが、
扱っているものには深い深い歴史がある。
生活に根ざしたものがある。
行動指針にさえ関わるものである。
慎重な姿勢を崩してはならない。
安易に安物の十字架のネックレスを身に着けてはならない。
高価なクロス十字架ならいいという訳でもない。
ミーハーでは本来、宗教曲は歌ってさえいけないものなのではないか。
改めて襟を正して、今週は新栄へ。東生涯学習センター。
練習前スタッフ会でだいぶ短期的未来が見えてきました。中長期は既に見えているので、ここでお話する訳ではありませんが、団には次週、お話できると思います。
発声。
「(身体を)支える位置と、(音を)当てる位置の距離感をもっと持って!近過ぎるような気がする」
とは指揮者。
体内の発声機関をハンドリングすること。イメージでもファンタジーでもいい。意識を持て、ってあいまいであやしさがつきまとうことがあるけど、合唱やっていくにあたっては、言葉による刺激はどうしても必要。
高田三郎先生。移動ドで。
「ハーモニーに身を委ねることが人間の尊厳」
とも指揮者。

よく言った。
そういうことを言ってかないかん。
「(dur.の第三音よりも、というか、)moll.の第三音は明るく」
なーるほどなるほど。そういうことか。移動ドのレッスンならではの気付き。
土田豊貴先生,名島啓太先生の曲も先週とは雲泥に良くなりました。
♪入団者1名

♫その入団者に即HBD