出会いと別れを繰り返してここまで来た。のかな。結果的にそうかもしれないが別に、出会いの時に別れまで考えることはしない。
出会いと別れ。
ないとなんも始まらない事、
ない方がいいが絶対に避けられない事。
論じやすいが少なくとも、
本日の見学者の方2名とは、出会いを sanctus としたい。
短慮にパリピっぽくではなく、所以あっての明るさなら説得力もあるだろうと、明る目な雰囲気で練習開始。
男女別々に円になって、自分らの斜め上に、そうだなー、筆者が感じたのは伸縮自在、な仮想空間を設けようと指揮者からの指示。
そこに丁寧にかつ「同時に」、これ大事、玉入れしていく。
合唱とは「玉入れ」であーる。
✕のコメントにしたいような一文。
みんなでエイヤエイヤと入れた数は単にフレーズ数。
大事なのはその内容。
できる限り多くの団員が、
できる限り同じタイミングで、
できる限り同じ強さで、丁寧に入れていくこと。なんです。
「意志のないままステージに立つのはまずいと思う。(客席側は)ただサウンドを聴かされるだけでは(たまったもんじゃねーよ)ねぇ」
指揮者は吐き捨てる。
与えられる曲に対する意志、ってなんなんだ?
そりゃ、曲や音の仕組みを全部理解して私はここはこういう表現で歌います、、っていやいや、そこまで求められてはいない。自分を別に責めなくてよくて、ただ、
団でコンセンサスを図る。
それでよい。それは意志であるから。
コンセンサス=合意形成。なんだけど、合意形成だけじゃないぞ合唱って。
それを発出すること。表現すること。
合意の深度が問われる。かつ、
出される声が均一、いやー、均一って言っちゃっていいのかなダメなのかな、とにかくなるべく、
まとまってた方がいいってこと。
両方感じられる時に、説得力が出てくるんだろうなぁと思う。

誕生日おめでとう。

来週は一旦歌い納めます。
























