本練前は年末の音楽祭に向けての男声練習。
あなたがいてくれないとまったく歌えない、僕。自分ひとりでは何もできない。
さて、
Halloween感 少しはありのMEAkids
の一方、Halloween感はあまりないVoxMEAの練習は、柴田南雄から。
歌っていて心に次々と浮かんでくる自分の中の原風景もしくは心象風景を愛でていたら、「柴田南雄、まったく音とれてないですよね」と単独指摘。ほんとに仲間はありがたい。そして、
Ernani Aguiar「SALMO150」(Brazilの曲)とPierre de La Rue「Laudate Dominum,Omnes gentes」
を挟み、
A.Bruckner「Os iusti」」
歌うごとに、心にやわらかな火を灯していく。いや、灯っていくのか。
曲が時を越えて定点観測を、今日こんにち この合唱団と出会い、今は僕たちの定点観測を行っている。世界ではおそらく何団かの観測を行っているのだと思います。
練習最後には、合唱団GMCさんと、ヴォーカルアンサンブル《EST》さんによる情宣が行われました。
投稿者「ito」のアーカイブ
秋合宿最終日 2017/10/22
おあよ2日目。朝ごはん
発声から、指揮者が卓上のなにかを見ながら口伝にて、スキャットでいろんなフレーズをなんだか歌わすと思ったら、、
ラトビア語の新譜でした。
楽譜を見ずに音取りするなんて、前代未聞。言葉が気になるとかそういうことではなく、大きなところから音楽にアプローチするなあと思いました。
僕たちはもっともっと知っていかなきゃいけない。
団員の入れ込みが幾重にも重なり、演奏会ってのはある。
パートに分かれてティオの音取りやって、
昼休憩。
午後は、
そう、柴田南雄。まずは、きれいな曲でしたねと思わせること、そして、
きれいな曲でしたねで終わらせないこと。
クラシカルなメロディーの中に、時間に磨かれた珠玉の財宝がすし詰めされている感じ。活かすもコロすも歌い手のこだわり次第。
最後に、
Ernani Aguiar(Brazilの曲)「SALMO150」と
Pierre de La Rue「Laudate Dominum,Omnes gentes」
指揮者のアンサンブルを受けてて、自主性・自発性・・・
自主性・自発性・・・ こればかり考えていました。
この合唱団に欠けているとは思うけど、さて指摘の仕方、、いや指摘はいい、促し方。結果として、それが向上している形。
考察は必要だけど、その言葉を用いないこと。そのためにはもっとその言葉の理解を深めること。
自主性・自発性という言葉に深く深く入り込んでこそ、その言葉を用いずに語ることができ、体現できるでしょう。
任せて、待つこと。
そのあたりのことを考えることができる合宿となりました。
次なるは音楽祭。そして、来年へ。
秋合宿初日 2017/10/21
超大型で非常に強い台風21号(LAN[ラン])の接近に身構える日本列島。ここ大府市は大府市勤労文化会館にて、秋合宿を行っています。
こんな格好やあんな格好(筆者のきったない甲毛付き)で発声。
「足上げ1cmのお腹の支えがしっかりできている状態」というのがやはりたいへん、好ましいのだなと僕的には実感できる練習となりました。
総合力、あいまいな表現かもしれないけど、含まれる項目を増やしながら、その総合力を高めていきたいと思います。
木下牧子「ティオの夜の旅」の音取り。
ディッフィカルト。
第一観、テキストも音も手に負えそうにない組曲です。だからこそやりがいがあるんだ、とも軽はずみに言うつもりも全くなく、当面この合唱団の大きなチャレンジとなります。
正しく歌いたい、という指揮者の意欲にしっかり呼応し、まず好きになり取り組んでいきたいと思います。
近くに住んでるプレパパ団員からみかんの差し入れ。ありがとねー。
夜は、A.Bruckner「Os iusti」と、
Ernani Aguiar(Brazilの曲)「SALMO150」
くちなしホールの両端はじに分かれ、対岸に届くように声を投げる。
やはりここでもその、足上げ1cmのお腹の支えの状態を堅持する。
遠くに放る意識と姿勢を保つ意識と両立てで、投てきを繰り返しました。
2017/10/15
2017/10/7
年末に音楽祭ってのを行うのですが、指揮者が声をかけて団外から(それは団だったり個人だったり)参加があったり、団内からも個人や小アンサンブルチームなど、いろいろな形態での参加があります。
ちなみにこのホームページ内でも端正な団員作の点描画を添えて載せています。
その音楽祭の中で、筆者が参加する二つのアンサンブルの練習を本練前にを行いました。
混声アンサンブル
こちらは今春に出場したアンコンチームを母体としております。
そして本練では、A.Bruckner「Os iusti」から。
心の中の静かな湖面に一石を投じるかごとく、厳かに波紋を広げていきます。
Ernani Aguiar(Brazilの曲)「SALMO150」を挟み、
柴田南雄。一音一音丹念に踏みしめ、ゆくゆくは数珠つなぎの一連のレガートを目指します。
Brucknerといい柴田南雄といい、古典を学習しているようです。いうなれば合唱はカバーが主ですがいろいろな発見が日々あり、とても楽しいものだと改めて思いながら練習に取り組みました。
2017/9/30
純度と高度の増した秋の空、もうseptemberともサヨナラ、女性会館。
よい音を「出す」発想と「出る」発想。
出(だ)そう然として出るものなのか、体を一番よい状態にすることで出るものなのか。
主観と客観が混濁する中で、ON TIMEで音が鳴るという当たり前の地平に立ち、その地平から次の地平を目指していきたい。
柴田南雄。
ユニゾンの一音目から二音目で四声に分かれる曲を、そうパイ生地を低声から丁寧に重ねていく作業。
秋の、抜けた空のよに気ん持ちいい。
増えるボーダーを越えていけ。
Pierre de La Rue「Laudate Dominum,Omnes gentes」
知り合いが、とある学校の学園祭のミュージカルの審査員をしたそうで、
泣けるぐらい感動したクラスと、丁寧な作り込みのされたクラス、とで評価に困ったとのことでした。
しかし、こと評価という面では、感動したクラスの音響や照明のズレが気になったりだとかで、丁寧な作り込みのされたクラスが評価されない訳にはいかない。となったそうです。
そういう世界に僕らは生きている。ON TIMEの話もそう。
2017/9/23
2017/9/16
台風18号(名称 TALIM)の接近に怯える日本列島、ここ女性会館。今宵はホール練習。
狙っていくところは、、
ほんの小さじ少々ぐらいのところ。
A.Bruckner「Os iusti」も そう。
ひがみではないつもりですが、自分をたしなめる意見を言われるのは、きっかけを与えられている訳でむしろ、ありがたい話だと受け止めています。自分が褒められたり(いいことしか言われなかったり)ばかりなのは少々不健全な気がします。また、
自分の声との関連性を確認しながら歌うのは、なにも周りを否定するためではない。ネガティブになってしまうぐらいなら、むしろどーんと構えていた方がいいと思いながら、
前々回の演奏会で取り上げたDOLURIを彷彿とさせる、
Ernani Aguiar(Brazil!)「SALMO150」
を挟み、ポリフォニーの殿堂、
Pierre de La Rue「Laudate Dominum,Omnes gentes」
ついておいで、と誘(いざな)われるめくるめく追試を、華麗に解いていくつもりで歌う、も実際は△や❌が多い、みたいな。なのでこれからです。
♪♪新入団 女声1名、男声1名。
奇跡が重なりたどり着いた出会いを、平然と拍手しつつその実めちゃめちゃうれしかったです。