2026/1/10

我々、混声合唱団VoxMEAからの1ヶ月遅れのプレゼント。

どやさどやさ、このキャッチコピー。

イーブル名古屋。多目的室。山内先生ピアノ合わせ。

ケツの穴を締めるようにしている。
自分の体内に、そのケツの穴とヘソを結ぶ斜めの、発声の根幹を担う20cmくらいのバーというか、制御棒みたいなもの、
(「制」も「御」、「制す」も「御す」も合唱的に好きなワードね)
が埋め込まれており、そこを起点にして自分の前方及び斜め上に伸びているデカい旗を、まるでスタンドの最上段で、練習開始から終了まで、言わば試合中、決してその旗を降ろしてはならないという鉄の掟を頑として頑なに守り続ける応援団員のような気持ち..

で練習に臨む。言葉を前に出す。明るい声を出す。
この基本は古今東西、曲の種類問いません。
努力、というか、どれだけ自分らが漠然と声を出しちゃうことを、嫌えるか、ってことです。

合唱に必要なもの。
合唱って加点方式なの?減点方式なの?そもそもさ。

歌いたい気持ち。
きれいな声。ハモってる。
混声で実際ホントにハモるってあり得るの?

筆者なりに今秋〜冬にかけて他団の演奏を聴いて、よく思ってしまったのは、
序盤のステージで丁寧さに欠けるとホント幻滅してました。
入りが揃ってない。
語尾が揃ってない。
イ母音エ母音で落ちる。
(アウオ母音はなぜか全然目立たなくて)
その辺りに着手せずに何に着手すんだよ!って思ってしまう。
曲数が多い?時間がなかった?
目はつぶれない。

減点方式。
自分はそうなんじゃないか、って思ってしまう。
合唱を大きく捉えると加点方式。
曲のディテールが気になる人は減点方式。なのかなー?単純に。
両方とも正解だ、ってのは答えがない、
ってのとほぼ同義で、嫌な決着だけど、

日曜日も練習。特練、おー、響がいいですね、特練やります。

2025/12/27

薄墨色と淡い水色が筆で不規則に書きなぐられた空。
向こう側の世界から差してくる柔らかい斜めの陽光が年の暮れを演出している。
バンテリンドームがその横半分の姿を車窓にあらわにしている。
ホームランテラスはできたのかい。
やがてドームが見えなくなると川を渡る。矢田川だ。越えて小幡駅。直結隣接の守山BSG。
本日は2ステ。
動きの練習。

宗教曲。
ディズニー。
日本語組曲。

ディズニーステージに求められるもの。

総合力。

ありとあらゆる合唱のスキルが必要。

演出や動きを実際に確認することができました。
ここにホール練習を持ってきて、とても有意義でした。

最後にステマネから、
「音の構成、つまり自分のパートの立ち位置を理解して声を出すように」

ステマネなのに音楽的指摘?、いやいやノンノン、元団員ってカテゴライズはしたくないんだけど、ほんと彼らしいコメント、頂戴しました。

演奏会が大目標。プラス、
その後に控えている課程。
とても楽しみです。

来年もよろしくお願いします。

2025/12/20

出会いと別れを繰り返してここまで来た。のかな。結果的にそうかもしれないが別に、出会いの時に別れまで考えることはしない。
出会いと別れ。
ないとなんも始まらない事、
ない方がいいが絶対に避けられない事。
論じやすいが少なくとも、
本日の見学者の方2名とは、出会いを sanctus としたい。
短慮にパリピっぽくではなく、所以あっての明るさなら説得力もあるだろうと、明る目な雰囲気で練習開始。

男女別々に円になって、自分らの斜め上に、そうだなー、筆者が感じたのは伸縮自在、な仮想空間を設けようと指揮者からの指示。
そこに丁寧にかつ「同時に」、これ大事、玉入れしていく。
合唱とは「玉入れ」であーる。
✕のコメントにしたいような一文。

みんなでエイヤエイヤと入れた数は単にフレーズ数。
大事なのはその内容。

できる限り多くの団員が、
できる限り同じタイミングで、
できる限り同じ強さで、丁寧に入れていくこと。なんです。

「意志のないままステージに立つのはまずいと思う。(客席側は)ただサウンドを聴かされるだけでは(たまったもんじゃねーよ)ねぇ」
指揮者は吐き捨てる。

与えられる曲に対する意志、ってなんなんだ?
そりゃ、曲や音の仕組みを全部理解して私はここはこういう表現で歌います、、っていやいや、そこまで求められてはいない。自分を別に責めなくてよくて、ただ、

団でコンセンサスを図る。

それでよい。それは意志であるから。
コンセンサス=合意形成。なんだけど、合意形成だけじゃないぞ合唱って。

それを発出すること。表現すること。

合意の深度が問われる。かつ、
出される声が均一、いやー、均一って言っちゃっていいのかなダメなのかな、とにかくなるべく、
まとまってた方がいいってこと。

両方感じられる時に、説得力が出てくるんだろうなぁと思う。

誕生日おめでとう。

来週は一旦歌い納めます。

2026/12/13

緊張感を保ったまま、緩めるブレス。
息の源泉によって吐かれるブレスはその深さによって、深さが違う。
とは、JRセントラルタワー25周年記念イベントから駆け付けていただいた藤森先生。

もはや、藤森先生練習、ひいては、ある真夜中にに触れられる機会はそう多くない。

音楽的に「!」なフレーズは、その前に「!」を歌う。
筆者がたいへん共感したのは、「!」を藤森先生が、
エクスクラメーションマーク
と仰ったこと。
そう、これはエクスクラメーションマーク。長ったらしくてカッコいいでしょ。

ある真夜中に。

我々、混声合唱団VoxMEAが、催す演奏会のメインステージに選んだ日本語組曲。

受け渡す場面を、全員がメロディーを歌うように。
休符があろうがなかろうが、絶え間なく音楽を続けるために、いろいろな定義付けが音楽を縮こまらせちゃう気すらした。

音楽を備えなさい。
音楽に備えなさい。

そう言われた気がした。

2025/12/6



本日は3ステの練習。
前日の名フィルの第九の合唱指導等ご多忙の折に駆け付けていただいた藤森先生練習。
ピアノの山内先生にも来ていただいて、快晴、快晴、またまた快晴の元、
名古屋文理大学文化フォーラムへ。
中ホール。

練習前にスタッフ会。
舞台設営の18時まで2時間やって腰を上げた時にはもう外は真っ暗。
冬至に向かって爆進である。

秋の日はつるべ落とし。
「明」(めい)を望む方、とすれば、
望まない方の「暗」は意に反して、その訪れを早く感じてしまうものではないかと。

ほころび。
漢字で綻び。破綻の綻。
綻んでいくのにそう時間はかからないであろう。
望まない方。落日はあっちゅう間。

望む方。あるべき方。
成長の歩みには時間がかかる。
評価もされにくい。
一歩一歩、「明」に向かう。

努力は時として嘘をつく場合がある。
しっかりとした意図のある努力は嘘をつかない。

2025/11/29

太平洋高気圧に覆われて、いやー、この語感の穏やかよ、本日も快晴ナリー。
♪磨いたバイクで走り出す。行き先….は、
東別院イーブル名古屋。


↑に向かって全集中中。

練習前の演奏会実行委員会を経て、
本日は2ステのミッキーステージに大特化。

指揮者不在でしたが、細かいところを見直して曲も心持ちも、だいぶ快晴感が広がりました。

宗教曲。
ミッキー。お楽しみ的な。
千原のゴリゴリ組曲。
いやー、様々な言語に曲調。幅広いっ。
各ホールで演奏会が開かれる晩秋。
つとにそう思ってましたが、手前ミソながら、確かにそう思ってます。

2ステは「総合力」。
基本の、他パート含め全体を聴くことで始めて、成立していく音楽。
呼吸。
時にはドラスティックに、そしてドラマチック(もしくはドラマティック)に。
そして、楽しむチカラ。
ここですね。


ラストは誕生月団員にHBDをsing。
(不意にカタカナのシング、と言ってしまわないように語頭に注意ね)

2025/11/22

筆者はドラマ好きで、テレ朝の『すべての恋が終わるとしても』の第8話で、主人公の父が放った言葉、
「何事も結果に後悔はつきものだと思う。
だからせめて過程にだけは後悔がないように生きてほしい」
という言葉にしてこその力を感じつつ、
ここ数日、快晴が続いてて気持ちがよい、淡いオレンジ色の空の下、街路樹をバイクで抜けてイーブル名古屋へ。
大研修室の空気を吸って、1拍とか1/2拍とか1/4拍とかブレスを始めながら、これが上手くなる過程だと念じる念じる。

事前から今日は人の集まりが少ないことは分かっていた。
 
糟糠の時。

上手になって、休みの団員を三つ指をついてお待ちしたい。

指揮者から個人個人への言及もあり、少人数だからこそって感じがしました。
演奏会が近いとかそういうこととはまた別次元で、合唱という、生活の中でのたしなみを楽しめてよかったと思います。

2025/11/15

イーブル名古屋の大研修室。
藤森先生 meets 山内先生。
県大会の舞台袖以来、で藤森先生おっしゃるところの
「2度目まして」

藤森先生練習で化けたい。が、
化けられないと思うので、これまでやってきたことが自分の中でフュージョンっていうか約定っていうか、結び付いて、実際に自分が良い音楽を発することができますように。

発声に時間を割く。

吸気/排気は意識せずに、身体のゆとりだけを意識しようと。
そして息が、口から前にではなく、身体を上下に流れている感覚。
おしりから息を出す感覚。
リップロールをレガートで。

そして、ワードいただきました。
「アジリティ」
以前も先生の口から出た単語でその時は流していたが、今日は手元ですぐ調べた。
『敏捷性』
『目まぐるしい環境変化に迅速かつ的確に対応する能力』
以前この場で、リズムは技術であるというVoxMEAとの取り組みともマリアージュ。

「ある真夜中に」

曲曲に散りばめられている、和音やリズムなどの仕組みを解説しながら、ピアノの山内先生や合唱団に、
おーい、宝物あったよー\(^o^)/
って目を輝かせながら、
コード進行,
ピアノと音楽すること,
ディナーミク,
アルシス/テイシス… それらは
喜怒哀楽だ、
人生の一コマだ、
ライフだ、
人生だ、
(と筆者は受け取ったが、)と
言わんばかりの音楽指示。

人間アパッシオナートな藤森先生を見ていると、名古屋グランパス立ち上げ当時の
『知的野生人』、というキャッチコピーかなにかを思い出す。

情宣もありました。
花集庵さん。

さて、藤森先生はおっしゃった。
音楽は人を自由にしてくれる。
憎んだり、時には人を…。

そうだよな、って思ってて、
先週、なにかのTVドラマで印象に残った言葉の曲解を勝手に紹介したい。

「堂々巡り」

意味を考えなければ、めっちゃドシーンと頼もしい言葉じゃんと。

元々は、祈願のために仏堂の周りを何度も回る行為から転じた言葉で、
議論や思考が前に進まず、同じ内容を繰り返すばかりで物事が進展しない状態を指します。

マイナスワードである。

これを勝手に、超プラスワードとして使っていきたい。
堂々と巡っていってやるよ。

入団者が教えてくれた。
1年半前の地産地唱がここに来て効いていた。
見学者が教えてくれた。
このブログを読んでくれている人がいる。

人々の時間の流れ方は読めない。
読めないから、自分の時間軸でいいから、想いを述べ続ければよいのだ。
己と他者の時間のズレが、昔、数学で習った「ねじれの位置」を連想させる。
決して交わらない二者に交点が存在する。

自分がずるいのかな。
「決して交わらない」って定義付けるからこそ、「奇跡」が起こせる。

You&I、いや、Weか、usか。

言葉にしてこその想い。
形にしてこその想い。

改めて、入団者1名。

2025/11/8




向けて本日は、東生涯学習センターにて我が団のヴォイストレーナー、三輪陽子先生による、演奏会前最後、ご多忙でいらっしゃる、のヴォイトレデー。

指揮者から事前に今日は最後に、1ステの通しを三輪先生に聴いていただく旨、告知があった。
その前にパートボイトレ。

宗教曲選を珠玉なものにするべく、ある程度の答えをお見せするーと意気込んだが、全然体を成せず、っしゃーこれからだーと、アンサンブルに戻る。

Rheinberger
星が降ってくる。月なし夜に。
そんな感じがするんです、この曲。
でもまだ星になれていない。

Circle of Life
あまりにも歌えないから、休憩中にベースのパーリーにいっしょに歌ってもらった↓写真

捲土重来を期して三輪先生御前アンサンブルに挑ん、だ、結果、
自パートが自分ひとりで、何とかしないかんと思う時は、
気負ったら負け、だと自分に言い聞かせ、
他パートに、そして曲に音楽に身を委ねることで、
出ないかんところ、出さないかんところで
自然に声を出すというか声が出るというか、
その点を心掛けました。
全団的な話を先に言うと、
フレーズ終わりを明るく高く上で取れていた。これは、
今年の当団スローガン「声を一段階、成長させる」ことができていることを意味しています。
スローガンって最初に言ったっきりになることが多いので、意識してこの場で言うようにしてきました。
さて、歌い上げた手応えに話を戻します。

あまりこれまで感じたことのなかった、
団全体での熱い吐息というか、
合唱団歌唱熱量サーモグラフィーがあれば、
みんな真っ赤っかやーん、
っていう高揚感がありました。

歌ってて楽しかった、
という本当の意味を感じることができたと思いました。
そうブログに胸を貼って書けるな、
世の中に伝えてもいいなと思いました。

三輪先生からは、

「伴奏(他パートというか合唱団全体というか)を聴け」
「自由に歌え」とのお言葉。
いっつもこれ。
その「これ」ができない。
要するに己との戦い。
あんスパでも、花集庵でも、うぃろうでもない。
情報が多過ぎるんです。この世の中。
比較して負けるなら、己が比較しなければよい。
相対的、は止めて、絶対的で行く。
答えがない訳でも、全然知らない訳でもない。
己の中にある答えに気付いていないだけ。
見つけられないだけ。

ニュースを観ていて、「画風」という言葉に目が留まった。
人が絵を描いたときに現れる癖のようなもの。
一方もちろん、人が歌を歌うときに現れる癖のようなもの、を表わす言葉はない。
この合唱団は云々カンヌン、っていうのは合唱では言い訳に過ぎない、
と思わざるを得ない。
「前で高くアンサンブルする」
すべての合唱団が背負う命題。
この点への近さ、だと思う。
その距離の間に無数の、それこそ銀河の数ぐらい合唱団がある訳です。

🎵♬入団者1名
♪見学者1名
あなたが幸せだと聞いたボクも幸せです。
言葉にするとキモいですが。
少なくとも、団員がうれしかったのは間違いありません。
てことは合唱団が、ってことです。
こう書けばいいのか。

2025/11/1

先週触れた、少年少女の合唱団「空」にはまごうことなくあり、我々にもあるもの、
「未来」。
それを掴むためにもイーブル名古屋へ。
ピアノ合わせ。
自分の合唱巧者への道の探求は、アンサンブル抜きでは語れない。

創団25年と8ヶ月。
毎週の営みが結実していく時季です。

その結実をこの世にリリースしていく時機でもあります。

2ステと3ステのピアノ合わせ。

合唱界のそのド真ん中を大股で歩いているような、そんな堂々と晴れやかな気持ちで歌っていました。

こいつぁ、いい演奏会になるぞ。

見学者3名。
我々の団の母数から言えば、天文学的数字。
うち1名は入団確定出てます。

さらにうち1名が昨年の地産地唱聴いて、
「こじんまりとしてたけど、一番良かった」

どこで誰が待っているか、見ているか分からない。
だから、という訳ではないけど常に襟を正して活動していこうってことです。