この仲間と取り組みもジャストあと1週間。
こちらはチーム Chor Benedict。
本番の時間10:30に合わせて、朝練。



がんばったら報われるとあなた方が思えることそのものが、あなた方の努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。という今春の東京大学入学式の祝辞が頭をよぎる。そこまでの人間でいくか、もっと知って生きていくか。
投稿者「ito」のアーカイブ
2019.4.13
あ そう言えば新年度、指揮者が交代いたしました。前々指揮者が新指揮者です。
(懐かしフォトアルバム)
5年前。前々指揮者から前指揮者に替わった時のものです。
いやあ紆余曲折がない なんてないですよね。各々、自身しか歩めない自分だけの人生で戦っている。話は戻して、
前指揮者から得たこと。新指揮者でできること。もちろんあって。
より良い音楽を育んでいきたいということです。新年度新体制でしっかりと音楽をつくってまいりたいと思います。
いい音は鳴っているなと思います。ここからの1㎜の積み重ねが遠大な作業。歌詞の読み込みについては、団員全員で、宮澤賢治出典の国語の難題を解いている感じ。一人でも間違えたらダメよみたいな。タイミング、ダイナミクス、高さ、母音。
次のナンバーでは群衆の叫び。違う人間がユニゾンで声を放つことの、そのパワーと言ったら。耳を傾けさせる整然とした叫びを。我々に自由を。自由に歌えることを と。
2019.3.30
選抜甲子園、プロ野球開幕、歓送迎会、出会いの季節。桜に春の雨しとしと。「平成最後の」も最終盤。超個人的ですが筆者もその妻も他団にも半ば身を投じ、合唱をもっともっと知ろうとしている中で、我々VoxMEAのアンサンブル。
「一音一音、黄金色に」という指揮者補佐係の鼓舞が飛ぶ。
前衛的な選曲でどんどんどんどん新しい難曲をリリースしていく合唱団とは違う歩みがここにはある。正しいとか優劣とかではなく。曲を磨いていく練習。
積み重ねなくパッと第一声で楽譜をソルミゼーション的に歌えていないと何も言えないか、というとそうでは決してなく、競う場ではまず同じ土俵に乗ること。これが第一条件。
先天的に歌えないなら、決してそれを負けとするのではなく、じゃあ努力で愚直にやってやろうと、実際にちゃんとしたところまで到達しているか。
かかった時間は問われないと思う。
2019/3/23
(アンコン練 Chor Benedict 3/17)
2019/3/16
2019/3/9
早生まれの長男が東日本大震災と同い年でそれがきっかけであぁ何年だな何年だなと思う筆者ですが、こういう場で、失礼のないようにとネットで例文を参考にしたりして追悼文を載せる程度のことならしない方がいいと考えています。在宅被災者や除染ゴミ放置の問題もニュース番組の取材で目にし知ったかになっているだけかなと考えます。
金曜日深夜未明に名古屋震度3レベルの地震がありましたが、次の瞬間、次の瞬間って言っている間にも大地震は起きるものだと思います。
風化、という言葉の使い方にも慎重になりますが現に、私事わたくしごとですが自分の周りに風化していない実例もあります。
うまくまとまりませんが、「災後」に際しての認識や思いだけは持っていこうと思います。
最近走っている人が多いなと思っていたらどっこい、その前の日の3/10(日)名古屋ではマラソンが行われます。
毎日新聞3/8夕刊にて松尾貴史が「長距離・長時間走るのはヒトぐらいだ」とコラムで論じていました。
生き物が逃げたり獲物を捕まえたり「生きる」ために走らざるを得ないのに対して、自分が「より良く生きる」ために走り、またその走りから勇気をもらいより良く生きる人がいる。ということです。
生きることには不安のない人がより良く生きるべく自己の発露の手段としてマラソンを選んだ。
そして我々は合唱を選んだ。
鼻炎が止まらない。軟口蓋辺りで何らかアレルギーと戦い、鼻から滴り落ちてくるその残滓をかみ続ける。ある春。女性会館。
・GRITTON「Tea for Two」
・Z.Randall Stroope「The Conversion of Saul」
・信長貴富「ほほえみ」
女声男声に分かれて音の見直しをしてから
アンサンブルへ。筆者は上述の長男関連で早退するまでやった
「The Conversion of Saul」

おもしろいです。前半のない混ぜの動から静へ。ワクワクを楽しんだ後に自己浄化へ。だからこそのぶつかりがヒーリングー。魅せ方に尽きます。

















