2016.9.17 午後-夜間の強化練習

はじめに。
前回の練習は、いかに自分が「実践では、発声で取り組んだことは生かせないと決め込み、甘えがあった」のかを痛感させられたものでした。
個人的に、発声では指揮者の指導や、自意識,自覚を感じられることが少しづつ出てきました。
女声は特にできたときが明瞭に分かります。
戻りますが譜読み段階では特に、音符を追うあまりに発声ができていないという本末転倒甚だしい状態になっています。正確に言うと前回は、自分がそのような状態になっていることを「初めて」認識できた日でもありました。
大学から合唱を始め、一般のとある合唱団の代表までやらせてもらっていて恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくてそのあまりに先週のブログではまともに言及できませんでした。次回(つまり今回の強化練)でその命題に自分の中で継続して取り組めるのかはたまた、過ぎて行ってしまうのか。「思い出し→実践→会得」のループに乗れるか、「思い出し→実践→忘却→思い出し→・・・」のスパイラルに甘んじるか。
毎週合唱やってて楽しい楽しいで終わるのではなく、うまくなっていく自分がここでお知らせする「毎週合唱やっていて楽しい」であった方が遥かに自他ともにおもしろいだろうなと。
前置きが長くなりましたが臨んだ今回、日々ニュース冒頭の「台風○○号の接近に伴い・・・」の件に半ば怯えつつも女性会館、ホールでの午後-夜間の強化練習。

午後、演奏会3st練習。発声からのネウマ譜。
合唱然とした「かっこつけ」をとっぱらえられるか。
やれないと思ったらやれない。自分の中の、新しく頼るところをつくる、そう、新「自分探し」
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しかし、テキストにある「歓び」を団が表現できない。。優雅然に落ち着いてしまっている、とは本日午後練のアンサンブルリーダー談。
ならいっそのこと、「歓び組」「悲しみ組」「優雅組」と3チームに分かれて、それぞれのテーマに特化し則して歌ってみようということになりまして、
「歓び組」DSC_2361
「優雅組」img_9447
「悲しみ組」DSC_2363

少し時間とってから披露し合いました。ブレスやテンポが換わってくるんですね。集団でコンセンサスを得て取り組めばできる、という自信を団で持って、Will todd 「Silent Night」 へ。
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休憩挟み、夜間へ、
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某大学合唱団から大挙7名の見学がありました。(+10代女子1名)
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一方、演奏会1stの練習だったのですが、曲たちに初接触の団員もいる中での練習となりました。
コンクール課題曲の Kodaly 「Szep konyorges」 以外の5曲、
G.Pedersen 「Valsoyfjordの子守唄」
Grieg 「Ave Marris Stella」
Kreek 「Taaveti laul Nr.104」 「Onnis on inimere」
Tormis 「Laulusild」
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演奏会まで3ヶ月ちょっと。1stはあまり時間がとれませんが、これまで指揮者の元で気付き、磨いてきたものを出せれば、いや出せそうだと好感触を持ちました。

(※個人の感想
いつも通り歌っていては、高音部で腹の下支えから逸脱してしまう箇所が散見されました。
そこを自分で伸ばしていかなければ、よい表現はできないと確認がとれました)

ええと、
うまく言葉にできる自信がないのですが、
生きているとespeciallyだったりanniversaryだったり離日だったり帰国だったりと人生の句読点があり、そこではお互いに賛辞の声を掛け合ったり鼓舞し合ったりするのですが、僕たちには日常があり、いつもそばにいてくれる人に対しての言葉がけや態度がおろそかになっていることにあきれることがあります。
安定も安全パイもない。慈しみを怠らないような人生を送りたい。合唱団でありたい。と思います。

子連れ団員ローテ託児 MEAkids
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今宵は4家。賑やかかった

2016.9.10

すっかり秋の女性会館。
先週の、足で歌う合唱に続き、ヨーヨーの如く声を操る合唱
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音→音の中間音を意図的に入れて、腹のテンションを維持
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ネウマ譜

Mack WilbergのXmasソング2曲
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新しく頼るところをつくるべく。
Michael McGlynnの宗教的な曲を経て、

本日で一旦離日する団員へはなむけの、Manuel「Alleluia」DSC_2288

その団員が花集庵と兼団していたこともあり、アフター飲み会で、花集庵指揮者も参加
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讃雷ズ(サンライズ)飲み会

最後に、おとなしそうな一面をとらえたMEAkids
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2016.9.3

どんどん空が遠くなる、女性会館。

発声。足の十指で、大地を掴む。ように歌う。足で歌う。
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大地は、雄大だけど軟らかい大地がいい。掴んでいる気がするから。

John Rutter。の冒頭。
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これまた、足で歌う。体幹から下向きにギューッとベクトル。

Busto
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後半を久々に歌いましたが、歌っている側(少なくとも僕)がゾクッとする部分がありました。
そういう瞬間があったこと、歌の恵みというか、感じられてうれしかったです。

9月はXmasの曲に取り組んでいます。
歌えない…という苦々しいシチュエーションも、演奏会に向けてのトータル的なプロセスのような気がしています。
暑い夏にサンタが子どもたちへのプレゼントをかき集めるように。

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その苦労、MEAkidsは分かってくれてるんかなあ

2016.8.27

変な動きの台風に身構える女性会館

編曲Will ToddのXmasキャロル
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男声女声の垣根を越えたユニゾンの音を出したい。

また、小節またぎをノンブレスで越えていきたいとき、その恋するレガートが求められているんだなと思うし、副指揮者曰く、ポイントポイントでなくても音が鳴っていること。

最近(最近ではダメなんですが)思うのですが、「なんとなく」でできることはもう限られてきてるな、と。意欲を持って意志を持って歌おうと。ご指摘やメソッドに得心できる部分も多く。

afroamerikanisches Spiritual,
Mack WilbergのXmasソング
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いいことばかりでもなく。この3stのXmas関連群は早口の喋りが要求されていることもあり、声にモザイクがかかっているようで。練習していくうちに多少そのモザイクも薄くなりますが、とにかく、(個人的には)移動ドと本来の音と歌詞がごっちゃになってしまって。好きなことやってるんだからめげることなく前を向くこと。

MEAkids
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2016.8.20

リオオリンピックが大詰め、女性会館。
こちら、名古屋の混声合唱団VoxMEAは、練習前に演奏会実行委員会
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その演奏会に向けての、Mack WilbergのXmasソング
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Busto
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恋は「訪れる」ものと言います(少なくとも僕はそう思っています)が、いまはレガートに恋してます。
でも、恋に恋して…じゃないですが、ブレスやお腹を意識し、意識するだけではなく活用すること、それができている人(団)にレガートは訪れ、きれいな声,和声,説得力が身に付くのだと思います。

ここ2,3年、サウンド面を主に、それから言葉の強さにフォーカスして取り組んでまいりました。指揮者もいて、それなりに音楽が成り立(ってしま)ってきましたがもうここからは(といってこれまでを否定する訳では決してありませんが)、

声を出す機会毎に歌い手本人がやりきっていかないと実を結びません。

その思いを、今回のコンクールで新たにいたしました。

※MEAkids
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2016.8.13

暑さでうだるも女性会館
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ネウマ譜とNiels La Courの宗教曲、そして、Michael McGlynnの宗教的な曲
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コンクールから1週間。
この1週間は、前回書いたコンクール所感ブログにあまりにも謙虚さがないことが恥ずかしくなり、週ナカで編集してしまいたいぐらいでした。

技術面の振り返りとして、声・響きの強さ,言葉の訴えかけに主眼を置き、自由曲「永久ニ」に取り組みました。
次なる課題としての、ブレスからのレガート,高い位置での響きを磨いていきたいです。
その練習を通して、よりよい音楽,説得力のある音楽のできる合唱団を目指します。

また、僕の助けとなった団員の言葉。
「コンクールでの結果を受けて、音楽の指針に迷う必要など全くなくむしろ、今歩いている道の、その何倍もの距離を何倍もの速度で突き進む必要がある」
『全くなくむしろ』の部分が好き。人間性を感じて好き。

今回の練習では、団が結果や講評を真摯に受け止め、先週深く閉じた瞳を強い光を宿して見開き、課題を誠実に克服していこうとする姿がありました。

さしあたり、真夏にXmasソングやってます。

◇久々にMEAkidsの様子を
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施設内託児室にて子連れ団員が交代で子守しています。出産を経ても団員の合唱ライフをサポートします

2016.8.6 コンクール前日 守山文化小劇場 ホール練習

コンクール前日です。
書きがちな胎動とかでもいいと思います。
あと、信なくば立たずというか、オリンピック出場選手や監督、コーチらが口にする前向き発言的な感じでもいいと思います。
結果に先回りして、前日のこの場での発言を無難にするのも違うような。

明日のVoxMEAは、よい演奏ができそうです。
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無難?

2016.7.31名古屋文理大学文化フォーラム 大ホール練習

コンクール1週間前。本番会場の、名古屋文理大学文化フォーラム 大ホールにて練習。
ところどころ、昨晩の花集庵さんとの試演会で得たものを反映させながら、立ち位置、聴こえ方、ピアノとの調整に終始
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次の日曜日8/7、コンクール県大会@名古屋文理大学文化フォーラム
大学・職場・一般部門『混声合唱の部』
シード2団体除く3団体中3番目、16:18-16:32(予定)に出演します。

2016.7.23

本練前、テノールはVoxMEAヴォイストレーナー三輪陽子先生によるパートヴォイトレ
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「お腹のことが抜けてしまうときそれは、言葉,背景,深さが抜け落ちているとき」
思い起こさせていただく点があり、また、
適切な表現に肉薄するための様々な歌唱の提示があり。
同じことを言いたくない以上に、同じことは言われてはいかんなと。レベルアップというか対応力の底上げを図っていきたいです。三輪先生はあまりにも大きな存在であります。

さて、大暑を迎えた女性会館。コンクール本番である2週間後は、暦の上ではもう立秋。暑いが速い。

見学者8名ありました。ありがたいですね
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Kodaly
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「聴いている側の喉が苦しくなる声は要らない」、つまり「自由に流れている息がほしい」と指揮者。

続いて鈴木憲夫
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女声男声のピッチを合わせるため対面してDSC_2109

指摘され改善を要するときや、歌を歌う歓びを感じるときの、自分の中の、それらを感じ取る世界をもっともっと大きくしたいです。
歌における感情の起伏の積み重ねが、意欲だったり活力だったりにつながっていくのだと思います。

また、心の叫びや深い悲しみ、時代のロマン、かつナレーションするときはナレーションする等、誰でもない自分が喋る言葉として成立するように、しっかりと準備をしたいです。歌い手側が通り過ぎてしまっていては、聴く側にも届かず、ステージ体が成り立たないと思います。

コンクールを最良の媒介としたいです。

次週、某団さんと試演会

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小暑。中川文化小劇場ホール練習。12/25はここで演奏会やります
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発声。ホールのどこか目に見えるもの(非常口くんとか、なんらかのランプ等)を自分の口と仮設定し、その部位が声を出す感じで。
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Kodaly
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言葉の意味、音楽の意味をより深く掘り下げたい。
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歌っている箇所のシチュエーションにもよりますが、
「声質は軽く、音楽は重く」
Kodalyの世界観を歌う上で、この助言は助けになる事柄が多い。

鈴木憲夫。
グルーヴ感。
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この曲を経て、合唱団は成長したい。限界に挑戦セヨ、とは指揮者談。

この日なにかの曲の冒頭、指揮者の振る予備拍のブレスで団がひとつになった(と個人的に僕が感じた)瞬間がありました。ハッとしました。タマラナイですね。

次週は岡崎で夏合宿。

新入団、女声1名。
MEAでなにかを見つけてもらうのではなく、引き続き、MEAが見つけなければいけないものがある。