5/6(火祝)アンコンの出演順抽選を終えた筆者は時間を持て余しながらも、on footで東別院へ、
イーブル名古屋。藤森先生練習。
作曲:千原英喜の組曲「ある真夜中に」強化月間。
発声。ブレスとはそもそも出すものではなく、音をさせずに「入れる」もの。
それが身体における、緩んだ状態での拡がりにつながる。
曲へ。英語の文法で言う最上級連発の音楽用語に対して、情感たっぷりに情熱的に、そして忠実に。
筆者はNコンを観てて昔、日本語曲は口を思いっきり開いて歌うものだと、そうすれば伝わる、
って思っていた時期があって、、
いや実際は今でもそう思ってる。思いたい。
音楽に忠誠を誓ってるっていうか、必死さが心を打つというか、美徳と言ってしまうと逆に否定してしまうようだが、
とにかくそれ(大口開けて歌うこと)を実施していたが、
しっくり来なくて、
宗教曲とかも結局、
自分がメロディが好きなだけで甚だ歌えてるか疑問符で、、
今に至っているのですが、
藤森先生の今回のレッスンは、一晩経って今思うと、
「しゃべり日本語」と「歌い日本語」は別物なので意識して区別して、
・日本語曲を歌いましょう。
そうした上で、
・団の声を見い出しましょう。
というものでした。
母音砲を己おのれ側で開けといた状態で、
喋ろうとせずに、平坦に日本語は歌うことで、
しゃべり日本語の悪い面が減らせて、言葉が前に出てきて、しかもレガート性も出てくる。
第一感、メカニズム的にそうやって、合唱団の声というものはつくられていくのであろうと。うまくいけば、俗に「上手い」「きれい」「無双」「圧倒される」等の賛辞につながっているのであろうと。
第二感、我々は多くの批評に晒されなければならないし、多くのメソッドを授からなければならない。
3/30㈰の上西一郎先生の合唱クリニックもそう。
合唱団としてブレないのはいいが、揺さぶられなければならない。