ラジオっ子の筆者とはいえなぜか最近、昨年4月に放送された、
「彬子女王のオールナイトニッポン」
をラジコのポッドキャストで聴いた。
プラスチックの容器で子供に食事を与えているから逆に食器を落としてしまう、と。
大きな音がする。
破片が危ない。
親に怒られる。
そういった「リスク」を回避する方法は時代とともに増えてきたし、増えていく。
その分、失われていくものがある。
とまとめるつもりはないが、
思い遣りというか想像力というか、は、
先天的なものなのか、
挫折を元にした後天的なものなのか、
まごうことなく後者の筆者は、若いうちから分別のある人たちを見るにつけ、いつも思う。
追い付きたい。
恥ずかしくないぐらいまではいきたい。
いつもにましてとりとめないが、
今週は東別院、イーブル名古屋。
練習最後に、
・昨年度〜さきの演奏会までの振り返り
・今年度の活動計画
を発表する日。
休日出勤の筆者は遅刻で東別院・イーブル名古屋へ。
発声が終わったところで入室。
高田三郎先生。
重たい。実感できるのはまだまだ先。
名島啓太先生。
「音と音の充実した運び。
(言葉はわるいかもしれないけど)その作業をひたすらやっていきます。その上で感じるものがあると思う」
と指揮者。そう、要するに、
チャレンジしていかなければ、
感じることができないのである。
チャレンジなくして、
感じることはできないのである。
自パート単独とか男声でとかよりも、四声の方が歌える!4頁までで切り抜けた!と思ったけど、最後の頁が歌えない。名島先生の素晴らしさに早くたどり着かなければ。
毎週毎週スッ飛んで行ってしまうから。
土田豊貴先生。
「母音と母音がつながるというより、音と音がつながっていてほしい」

これは1本取られました。
筆者は未だに、いや、これ、
以前に書いたかもしれない。
「子音と母音の分離」
を解釈できずにいて、
「母音は作るのではなく子音と次の言葉の子音を繋ぐと自然な母音ができる」論
が自分には今有力でしたが、
いろいろレガートツールを発声の場だけで終わらせることなく、
実践重視のいろいろな言葉の引き出しだけでも、
だけじゃいけないんですが、
潤沢にしておきたいです。
、、っと、ここまで述べたのぜーんぶ後天的。後天性。
筆者は昨年の合唱祭のプログラムで触れたように、
「先天的・後天的」にこだわり持ち過ぎ。
結局、人との比較のバイアスがかかっており、
超越していかないとずーっと同じ段階から抜け出せない。
最後に、

今年は地産地唱、出ますね。
